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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和39年(モ)54号 決定

原告 三和自動車有限会社

被告 藤川ますみ

主文

被告の本件移送の申立てはこれを却下する。

理由

被告訴訟代理人は本件を千葉地方裁判所へ移送せられたい旨の申立てを為し、その理由として本件は現在千葉地方裁判所民事合議部に繋属している原告藤川ますみ、被告柳沢義男間の同裁判所昭和三十九年(ワ)第二百二十七号土地所有権移転登記抹消登記申請手続請求事件(千葉地方裁判所佐倉支部昭和三十九年(ヨ)第六号不動産仮処分事件の本訴)と主張は交錯し、立証において共通である。すでに千葉地裁合議部に繋属中の右事件においてその被告柳沢義男も昭和三十九年十月十七日付準備書面で本件の訴状を乙第二十号証として提出し、本件原告三和自動車有限会社の資本出資額の全額が柳沢義男及び同族の者とせられているのであつて本件と、右事件とは一方の当事者を異にしながらも実質上は同一当事者の事件と言い得るものである。加之本件は弁護士である原告代理人自身の名誉にかゝわる点が多く且つ口頭弁論、人証等についてはすべて速記を希望する等のため本件を民訴法第三十一条により千葉地方裁判所に移送せられたく本申立てに及んだというのである。

原告は被告の本件事件移送の申立てに対し却下せられたいとし、その理由として被告の本件申立ては民訴法第三十一条に依拠するところ、裁判所の管轄は特別の理由のない限り第一次的に債務者の住所地であり、而して千葉地方裁判所と同裁判所佐倉支部との関係は同一裁判管轄に属するとはいうものの佐倉支部が設けられ、その所管区域が定められている以上特に著しき損害又は著しき遅延を来すが如き格別の理由のない本件においては、この佐倉支部において事件の処理は為さるべきである。而して法に定められた区域の所管裁判所に提訴することは提訴者たる原告の権利であり裁判管轄は独り被告のみの利益のために定められたものではない。

被告は本件と千葉地方裁判所に繋属する前記事件とは関連があるように主張するけれども両者は当事者、内容が全く異なり何等の関連をもたないものである。本件原告が千葉地裁繋属事件につきたまたま事情説明の便宜に本件が佐倉支部に提起されている事実を訴状等をもつてしたのに止ゝまり両者立証関係において関連がないことは両事件の訴状を対比すれば一見明瞭である。又千葉地裁繋属事件が同庁合議部で審理されていても直ちに本件も合議部で審理されなければならない理由はなく、且つその程重大にして複雑困難な事件ではない。

却つて本件は千葉地裁佐倉支部において審判されることが訴訟進行上著しく便利である。即ち本件原告会社の従業員は被告との関係から入社したものであつて、被告の住所地近辺の居住者が多く就中原告会社取締役工場長は佐倉市に隣接する大和田町に居住し佐倉支部管内たる佐倉駅前所在佐倉タクシー株式会社作業所に勤務し、又会計主任は同管内成田市に居住している。而して本件の内容は被告の答弁書によれば専ら被告の住宅において作成せられた帳簿に基くものと主張され事件の核心は佐倉にあるものの如く主張しているのであるから本件を千葉地裁本庁に廻付されては関係証人等にとつて甚しく不便であり訴訟の進行上著しく不経済且つ遅延の虞れも顕著である。加之被告は既に原告の訴状に対し当佐倉支部に答弁書を提出し、第一回口頭弁論も進められたものである。右弁論において被告は既に提出した答弁書の陳述をしていないけれども、それは被告の自由であつて答弁書を提出した以上これによつて既に管轄は確定するものと解すべきであり原告に対してもこれによつて拘束を生ずるのであるから、その後において審理する裁判所を被告のみの都合によつて変更されることは被告の独善を許し、原告に不利を与えるものであつて公正を失することになるというのである。

審按するに被告は民訴法第三十一条に依拠して地方裁判所支部たる当裁判所から本庁たる千葉地方裁判所へ本件訴訟の移送を求むるものであるところ同条は一つの管轄裁判所から他の管轄裁判所へ訴訟を移送する場合を規定するものであることはその規定の趣旨に徴し明らかである。而して管轄の関係において地方裁判所本庁と地方裁判所支部との間においては、同条の規定する本来の各管轄裁判所間の関係とは趣を異にし別異の管轄裁判所と見るべきでないことは地方裁判所支部は本庁と一体を為すものであることに鑑み当然のことのようである。従つて本件の場合一応同条による本来の事件移送の申立てには該当しないものとしてその申立て自体失当であるものと言い得よう。然れども地方裁判所(家裁も含む)支部設置規則には支部の管轄区域を定めているものであつて、この規定を一応尊重すると共に、又実際問題として当事者から事実上支部から本庁への事件移送の申立てのある場合も起り得るものであり、本件は正にその場合に該当するものであつて、これは本来の事件移送を求めるものではなく実質的には所謂事件の廻付を求めるものとみるべきである。而してこの場合、廻付の許否を決するについては実際問題として事前に本庁及び支部間において直接に口頭なり電話なり或は書面なりによつて予め事実上打合せを遂げてその結果によつて当事者に対し廻付許否の決定を与える段取りとなることが考えられるけれども、それは主として両裁判所及び当事者に対する円滑なる事務処理上の便宜の措置であつて、その限りにおいては事実行為ではあるが少くとも当事者に対し廻付許否の決定をする以上該決定は一種の訴訟行為たる裁判であるから、この決定については矢張り裁量により本来の訴訟移送の許否を決する場合の前記民訴法第三十一条の規定の趣旨を充分吟味してこれに準拠するのが相当であるものと思われる。

そこで民訴法第三十一条では裁判所はその管轄に属する訴訟につき著しき損害又は遅滞を避ける為に必要ありと認むるときに訴訟を他の管轄裁判所に移送することができるものであるところ、本件においては支部たる当裁判所において訴訟の審判をすることが本庁たる千葉地方裁判所において審判するのとを比較して著しき損害又は遅滞を招く結果となるものとは到底考えられないのであつて、本庁に繋属する前記事件と本件とは訴訟法上の関連性も認められない。只訴訟当事者(代理人を含む)が日を同じくして口頭弁論及び証拠調等同一裁判所に会同してこれを遂行し得る可能性は認められ、この点多少の便宜があるのに過ぎず、(尚合議部で審判を受ける利益も考えられるが合議体で審判することの決定は本庁合議部で為すことであり当裁判所としては直接的にはどうすることもできない。)その他当事者の事件内容についての主張、立証関係等全く別異であることが疎明上充分窺え得るものである。従つて原被告双方千葉地裁本庁に廻付することにつき双方意見が一致しているのなら兎も角、原告が廻付を極力反対して異議を主張する以上たとえ本庁と支部とは一体として本庁にも管轄権があるとしても寧ろ前記支部設置規則の定むるところに従い本来の管轄区域に所属する当裁判所において審判することが極めて自然であるものと思われる。しかも原告の反対を押し切つて本庁へ廻付しなければならない程の特別の理由も必要も認められない。又被告主張の裁判所法第二十六条第二項第一号の規定により合議体で審判することの決定を仰ぐため一応本庁へ廻付するというが如き必要は現在の訴訟の段階において認めるに由ないものである。

以上の理由によつて被告の本件移送(廻付を含む)を求むる旨の申立ては理由がないものと認めてこれを却下することとし主文の通り決定する。

(裁判官 立沢貞義)

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